チエノワは2022年4月1日に開業届を出しました。
つまり、「4月1日」というのは正式に「チエノワが始まった日」といえます。
ブログを書いているのは、2026年4月1日。あっという間に、丸4年となりました。
そして、月末の2026年4月30日には、店舗である「新しい食堂 チエノワLabo」ができて丸2年です。
節目で良い機会なので、この4月の間に『Laboまでの話』を全5回に分けて投稿していきます。
- 01 「チエノワ」ができるまで── 今回
- 02 間借りとイベントの2年間
- 03 Laboへ動き出した日
- 04 “お店になった”日
- 05 オープンの日
その頃を知っている方は懐かしんでいただいて、
知らなかった方は少しその頃のチエノワを覗いていただいて、
軽やかに楽しんでいただけたら嬉しいです。

なぜ「飲食店」
きっかけ
はじまりは、2021年。
みなさんはいかがお過ごしだったでしょう。
チエノワはというと、結婚から5年が経とうかとしている頃。
智恵氏は小学校教諭、僕は高校地理教諭として長崎県で勤めていました。

さて、こうなったきっかけは、その頃に智恵氏が受けた教員研修で講師の先生から聞いたお話。
両親共働き、核家族が進む中で子どもがゆっくりする時間が減っている。
その分家族で過ごす時間は格段に減っている。
家族といる時間が少ない中で、誰が躾をするのか。それは、今学校がやらなくてはいけなくなってきているのです。
- これは、学校の役割が増えて大変だから辞めようと決めたいう意ではありません。後にも書いていますが、家庭も子どもも学校も多忙を極め、問題は根深く誰かやどこかが疲弊してしまう恐れがあるという危機感から第三の方法を見出さなければならないと当時の私は突き動かされたというお話です。
詳しくは、Laboオープン直前に私が書いた投稿もご覧ください。(智恵)

この時の話を聞いて、僕自身も深く考えさせられました。
また、その頃はいわゆるコロナ禍。落ち着かない時期でした。
普段は部活動指導や補習などで週末も外に出ていた僕も、智恵氏と過ごす時間が増えていたように思います。
お散歩も兼ねて、片道20分くらい歩いて美味しいコーヒーを飲みにいくようなこともしました。
あの頃までは毎日必死にバタバタと過ごしていたのに、社会が少し停滞した合間が、目の前のことだけではなく少し先のこととか自分たちの在り方とかを話すきっかけになっていたのかもしれません。

自分たちなりにできることを
そうやって過ごす中で、
「自分たちなりにできることをやってみたい」
「もし挑戦するなら、今かもしれない」
と考えるようになりました。
改めて思い返してみても、当時とても恵まれた環境に置いてくださっていたと思います。
子どもたち、同僚や先輩の先生方はもちろん、任せていただいている仕事や役割も、願ってもないほど恵まれていました。
もちろん僕の力量では大変な仕事だと感じていたことは事実ですが、2人とも決して教職を離れたくて退職したのではありません。

2人で共有していた課題意識は、
「子どもたちを取り巻く環境が、家庭と学校だけだと難しい。双方ともに大変なのだから、疲弊し切ってしまうと子どもたちも含めてみんな苦しい。」
ということでした。
こういった文脈で「地域」の役割が求められてたと思います。「家庭」「学校」「地域」。
教職を経験させてもらった人間として「地域」に身を置き、子どもたちや親御さん、学校に対して自分たちなりにできることを探してみようと退職を決意しました。
みんなご飯は食べるから
「地域に身を置く」と言っても、生業がないといけません。
そうして、飲食店の開業を目指すことにしました。

きっと、みんなご飯は食べます。
「ちょっと一息つきたいな」と気軽に来てもらえるような場所は、食事をするところだろうと考えました。
気軽に来てもらえるところであれば、ちょっと軽いお節介もできるかもしれないし、それでちょっと一息ついてもらえるかもしれない。
智恵氏が社会人なりたてで大阪で一人暮らしをしていた頃、行きつけの飲食店でのちょっとした心遣いで救われたことがあったとよく話してくれていました。
僕も働き初めの頃、Laboの近所にある「かりーにょ」に通っていて、心身の疲れも軽くなるような時間を過ごさせてもらえました。
きっとそういった原体験もあったのでしょう。
また、ちょうどその頃の智恵氏は「スパイス」に興味を持ち、スパイスカレーを作るようになっていました。
(僕としては後々気づくのですが、)幼少期から丁寧に作られたお母さんの手料理で育ってきている智恵氏は、僕の想像以上に味覚がしっかりしていてきちんと味を拾えるようでした。
元々、よく料理してくれてましたからね。

そんなわけで、「スパイスカレーでお店をやろう」となるわけです。
なぜ「スパイスカレー」
さて、チエノワの不安担当の僕としては、
当時はどうだったかというと、
もちろん不安です。
(今も、昔も、これからも)
なんせ僕は、全く料理ができませんし、味覚にも自信がありません。
この時、飲食店で働いた経験もありません。
思い返してみたら、「あまりに無知すぎて何が不安かもわからない不安」みたいな感じだったかもしれません。
それでもやろうって言うんだから、むしろとても楽観的ですね。
魅惑的な香り、食事の手軽さ
そもそもカレーって、好きな人が多い料理の代表格と言っても過言ではないと思います。あの香りを嗅ぐと、なんだかお腹が空いてきます。
スパイスカレーとなると、ニンニク・生姜・スパイスの香りが絡まって魅惑的な香りを放ちます。
忙しない日々でちょっと食欲が減退していても、そんなことお構いなしにお腹を鳴らし、唾液が分泌されます。

また、スプーン一本でサクサク食べられるのもカレーのいいところです。
さらに、付け合わせにお野菜を使ったアチャールもあると、食材の偏りも多少なりとも改善されるでしょう。
「一息つける場所でありたい」という思いから始まっているので、タイパ的にも優秀なスパイスカレーはとても良いなと思いました。
きっと「懐が深い」料理
カレーといえばインドを想起する方も多いと思いますが、インドに「〇〇カレー」というような、カレーという名称の料理がないのは有名な話。
それぞれに細分化されていて、個別に名前がついているんですね。
「カレー」という言葉一つとっても、実は込み入っているんです。

まずはその定義から始めなければいけません
また、カレー識者の中にはこういった考えの方もいらっしゃいます。
僕はスパイスカレーなんて食べ物は存在しないと思っています
松宏彰(カレーキュレーター)
スパイスカレーの矛盾とは? 大阪カレーの歴史と名店5軒をマニアに聞いた(食べログマガジン)
僕なりの言葉でざっくり表現するとしたら、
いわゆる「スパイスカレー」と聞いて想像するソレが普及してきたのは、いろんな人が試行錯誤をして、いろんな「こういうのもスパイスカレーじゃないっすかね?」という提案・挑戦が広がったから。既存の固定観念を覆してきた流れそのものだからこそ、そもそも「スパイスカレー」なんて定義できない。
ということではないでしょうか。
つまりスパイスカレーは、「正解」が多様にある「懐の深い料理」なのだろうと捉えています。
長崎にもすでにカレーが美味しいお店はたくさんありましたし、これからもたくさん増えていくでしょうが、この分野なら自分たちの居場所も作れるのではないかと考えました。

実は、スパイスカレーの前にも智恵氏からいくつか別の提案があったんですが、却下しています。笑
そうこうしてきた結果、スパイスカレーを軸に据えていくことにしました。
間借り営業やイベント出店を重ねる期間に試行錯誤しながら、現在の「辛くないスパイスカレー」というスタイルに落ち着いていくんですが、その話についてはまた次回書きます。
なぜ「チエノワ」
さて、やるとなると自分たちの名前がとっても大事です。
それはそれはもう真剣に考えたはずなのですが、まだ5年も経っていない頃の話なのに、当時の様子はほとんど思い出せません。
「チエノワ」の由来
由来はこれまで過去に説明してきた通りです。
- 「智恵の輪」
-
「智恵(ともえ)」の周りに「輪」のように人が集まってつながりができたら良いのでは
- 「知恵の和」
-
集まってきた人々や先人の「知恵」を持ち寄って「和」になるとより良いのではないか
こう言った意味を込めて「チエノワ」としました。
ちなみに、考えたのは僕です。名前を考えるのはちょっと好きです。
- 覚えやすい(馴染みがない言語をベースにしない・短い)
- 書きやすい/入力しやすい(ひらがなorカタカナ)
- 使いまわしやすい(他にもいろんなことができる・料理名や食材名を使わない)
この辺りを踏まえて決めました。

ちなみに、ひらがな表記にしなかったのは、「柔らか過ぎる」からです。
カタカナ表記の方が、どちらかというとソリッド感がありますよね。
カタカナ表記を基本として、たまにローマ字表記もしています。
柔らか過ぎることなく、自分たちの芯や軸はしっかり持ちながらしなやかに在りたいと考えています。
「チエノワ」のロゴ
この投稿自体が長くなってしまったので、ロゴの意味については元々作っていたページにお任せします。笑

我々の当初の様子をご存知のデザイナーさんに、考えや思いを聞いていただいた上で、作成していただきました。

デザイナーさんって、凄いですね。
そんな流れで「チエノワ」の原型を整えました。
おそらく、2022年になったくらいから名乗り始めていたんじゃないかなと思います。
2022年3月31日付で退職し、翌日の4月1日に開業届を提出。
正式にチエノワとしての活動が始まりました。
4月3日に県庁舎跡地で仲間たちと自主企画して行った、焚き火イベント「火遊組合集火囲場」がスタートです。




2022年4月1日の開業から2024年4月30日のLaboオープンまでは、
「それぞれが飲食店で働かせていただきながら、チエノワとしてイベント出店や間借り営業を月に数回行う」
という2年間を過ごしました。
次回はその時のお話について。
- 01 「チエノワ」ができるまで── 今回
- 02 間借りとイベントの2年間
- 03 Laboへ動き出した日
- 04 “お店になった”日
- 05 オープンの日

まだチエノワとして動こうなんて微塵も考えていなかった頃のカレー
まだめちゃくちゃ辛い


