第3回でございます。
前回までは、開業からLaboオープンまでの2年間のうち、「チエノワ」としての動きについて書いてきました。
働き先で鍛えてもらったり、試行錯誤しながら間借り営業やイベント出店を重ねたり。
ただ、同じ2年間を振り返るとき、もう一つの軸があります。

「Laboがどうやってできたか」という軸です。
どんな場所で、誰に助けていただいて、どんな風に出来上がってきたのか。
2回に分けて、そういったお話をしていきます。
- 01 「チエノワ」ができるまで
- 02 間借りとイベントの2年間(前編)
- 間借りとイベントの2年間(後編)
- 03 Laboへ動き出した日── 今回
- 04 “お店になった”日
- 05 オープンの日
Laboは、元々大叔父さん(祖父の弟さん)が住んでいた家を使わせてもらっています。
当初は別の場所での出店を考えていて、その時もたくさんの方にお世話になりました。
結果としてそちらでの出店は実現しませんでしたが、「いつかは」と思っていた大叔父さんの家を使わせてもらう話が、思っていたよりも早く動き始めることになりました。
実際にLaboに向かって動き始めた時期のことを、写真と動画を交えながらご覧いただけたらと思います。
2022年7月|実際に見てみた日
チエノワとして動き始めてから3ヶ月経っていた、2022年7月。
「いつかは」と思っていた、大叔父さんのお家を見にいきました。

当時の時点で、かれこれ10年弱ほど空き家の状態。
この雑草たちは整備された後で、微かな記憶ですが、塀ぐらいの高さまで育っていたこともあったように思います。
多少は整理されていたのですが、ほとんど暮らしていた時の荷物が残っている状態でした。
住宅に囲まれ、雨戸は閉め切ったまま。
随分人が入っていなかったような薄暗さとひんやり感みたいなものがあったように思います。












現在のLaboでいうところのどの辺りから撮影しているか、わかりますか??
「劇的に変わってしまって全くわからない」というほどでもないのではないかなあと思います。
「いつかは」と思ってはいたものの、「本当にできるんやろうか」というのが正直なところでした。
自分たちの力だけでは、決して今のLaboの状態にはなりませんでした。
2022年10月|運び出した日
約3ヶ月後。秋の気配が漂いつつも、動くと汗をかいてしまうような日。
家の中にあったものを一気に運び出しました。
2人だけではかなりの労力と時間がかかってしまいます。
両親、弟、伯父さん一家にも手伝ってもらい、大人7人で軽トラも使って一気に搬出しました。
軽トラで搬出する係と、家の中から運び出す係、整理しやすいように適度に解体する係などなど、役割分担をしながら進めることができました。
家具類はもちろん、趣味の道具もたくさんあって、長く暮らしていた痕跡が至る所に残っていました。
あまりに一気にやりすぎて、「もう少し精査しても良かったな…」と実はちょっと反省もしています。
それにしても、随分とモノがなくなり、窓を開け放って、若干明るくなったような気がしました。
2022年12月|解体を始めた日
それから2ヶ月後。
もう完全に冬です。あったかインナーを着ないと寒いんですが、作業をすると汗だくになるという難しさに悩まされながら、ついに解体を始めました。

まずはリビングとダイニングキッチンを分つ壁でした
今のLaboで言えば、カウンターテーブル辺りです
Laboへとリノベーションしていくときの基本的な方針は、
「プロにしかできないことは任せて、自分たちで出来ることはできる限り自分たちでやろう」
というものでした。
とはいえ、「解体なんて簡単にできるもんかい」とビビっていました。最初の一撃はかなり恐る恐るだったことは覚えています。
2時間くらいだったような気がします
今ならもっと早いと思います
ただ、やってみると楽しいもので。笑
危うく壊し過ぎそうになってしまったくらいでした。
「とりあえずやってみる」は大事だなあと感じました。
床を抜くことまではできません…
解体も、僕と智恵氏だけでなく、家族に手伝ってもらっています。
玄関前にあった壁は、弟と両親によっていつの間にか解体されていました。
ちなみに、解体のために使った道具は、ほとんどがこの家に残されていたものでした。
大叔父さんが使っていた道具を使って、その暮らしていた家に手を入れていく感覚は、少し不思議な感覚でした。
設計はプロのお世話になりました
ここまで「自分たちで」という話が続いてきましたが、全部を自分たちでやったわけではありません。
設計まではさすがに自分たちでは、できません。

リノベの設計をお願いしていたのは、清掃スタッフとしてお世話になっていた「長崎坂宿」の小笠原さん。
「長崎坂宿」は、東小島エリアにある斜面地の古家をリノベーションしたゲストハウスです。
どこに手を入れて、どこには手を入れないか。
どこにお金をかけて、どこはかけないか。
そうしたバランスを、僕らの状況に合わせて丁寧に一緒に考えてくださいました。

小笠原さんが大事にされているのは、設計の理想を追いかけることだけでなく、僕らがこの先ちゃんと続けていけるかどうか、という視点です。
小笠原さんにお願いできていなかったら、Laboは今のような形になっていなかったかもしれません。
もちろん、解体は1日で終わったわけではありません。
飲食店で働きながら、間借り営業やイベント出店をしつつ、合間合間にぼちぼちと進めていきました。
- 01 「チエノワ」ができるまで
- 02 間借りとイベントの2年間(前編)
- 間借りとイベントの2年間(後編)
- 03 Laboへ動き出した日── 今回
- 04 “お店になった”日
- 05 オープンの日
Laboの完成へ向かって動き始めはしたものの、自分たちで手を入れる部分の進行はなかなかゆっくりでした。
ぼちぼち進めながらも、2年というタイムリミットもありまして。
チエノワ2年目も終わりそうな頃である2024年2月に、ようやっと工務店さんに入っていただけました。
「空き家」が「片付いた家」になり、「解体中の家」に変化してきました。
次回は、ついに「おぉ、店になったな!」と実感してきた頃の話です。



