さて、第二回の後編です。
長くなりそうだったので、途中から前後編に分ける方針にしました。
そもそも第二回は「間借りとイベントの2年間」の話。
- 01 「チエノワ」ができるまで
- 02 間借りとイベントの2年間(前編)
- 間借りとイベントの2年間(後編)── 今回
- 03 Laboへ動き出した日
- 04 “お店になった”日
- 05 オープンの日
前編は、少しずつ広がっていった活動の部分を写真メイン(のつもり)で振り返りました。
後編は、その2年間で定まってきたチエノワの「軸」について書きます。
辛くないスパイスカレー
Laboを開いた今となっては自分たちのことを「定食屋」と自称していますが、「カレー屋さん」と呼んでいただけることも多いです。
近所の保育園児たちも、「かれーやさぁん!」「かれェやさんッダァ!」と声をかけてくれます。
定食屋と自称して「食堂」と言い張っていますが、実際のところ注文の半分近くはカレーのメニューです。

Laboオープンまでの2年間は、このスパイスカレーの試行錯誤だったと言ってもいいと思います。
僕らも「カレー屋」と自称していましたし、特に最初に1年間は智恵氏もいろいろな種類のカレーを作って見ていました。




スパイスカレーを食べに行った大阪遠征
転機となったのは、大阪に行った際に食べたスパイスカレー。
チエノワ1年目の冬でした。
大阪まで2人で遠征するきっかけを先輩からいただきました。
「滞在期間中は毎食カレーを食べよう!」と行くお店の目星をつけて計画を立てていたのですが、予定を変更して2回行ったくらい衝撃を受けたカレーに出会えたんです。

「美味しいスパイスカレーは大抵辛い」という固定観念もあり、それまでは辛味スパイスを使ってスパイスカレーを作ってきていました。
智恵氏はこの時に食べたカレーから、「辛味は必須ではない」ということを感じたそうです。
智恵氏だからこそ作るスパイスカレー
そもそもスパイスカレーを作るようになったのは、冷えに悩んでいた智恵氏がスパイスに興味を持ったことがきっかけ。
辛いカレーは個人的にも好きではあるものの、「スパイスの効能」に興味を持って作り始めた自分らしいスパイスカレーを追究して、「辛さを入れない」という決断をしました。

そうやってチエノワ2年目の春から今までずっと、辛さを入れないポークビンダルーを作り続けてきています。
そして、思った以上に「辛くないものを食べたい」という方がいらっしゃるんだなと感じている今日この頃。
「お子さんからご年配の方まで」と思っていますが、本当に食べて下さいます。
先日は、キッズキーマカレーをずっと食べていたお子さんが、あいがけカレーのハーフサイズにステップアップしてくれました。
以前、ポークビンダルーに行き着いた経緯について詳しくお話ししている投稿もしています。
ぜひご覧ください。

定食メニューの提供
Laboがあるのは、長崎市富士見町。
お越しくださった方は感じられたと思いますが、常に人通りが多い場所ではなく、どちらかといえば住宅街といったエリアです。
平和公園などの観光地が隣接する一方で、富士見町にはゆったりとした生活感が漂っています。



「あつあつ 焼きたて 炭火焼きチキン」に魅せられるご近所さんたち。
Laboまでの期間は「この場所で飲食店をするには、どうするのが良いだろうか」と考えた期間でもありました。
住宅街なので「お買い物のついでに行ってみよう」というような立地ではなく、飲食店のセオリーに則れば、新たに出店する場所としては必ずしもベストではないかもしれません。
いわゆる「型にハメがち」で、基本的には不安担当(笑)の僕としては、「マジで難しいなあ…」というのが当時の悩みでした。
「チエノワにとって」はベストかも
ただ、こういう時は猪突猛進でアクセル役の智恵氏がキレッキレです。
「定食屋にしよう」
と言うんですね。
本当にびっくりたまげました。
セオリーなんてガン無視です。

僕は、「住宅街にあるんやから、行きたい!って思ってもらえるように特定のジャンルに絞って専門性の高い店にせんといかんやろうな。スパイスカレーを極めんば。尖らんば。」という方針をイメージしていました。
「定食屋」なんて、何のジャンルにも絞ってないやんけ。
しっかりめに反対してブレーキ役の仕事をしようと思ったのですが、結果は見ての通り「定食屋」になっています。僕が折れました。笑
というか、「僕が見えていなかったこと」に気がついて、智恵氏の考えに納得したんですね。
その結果、「Laboの立地」と「定食屋」は、「チエノワにとって」ベストやなと思っています。

僕が見えていなかったことは、「2年間の智恵氏の飲食店での経験」と「チエノワとしてやるべきこと」の二つです。
まず、「智恵氏がこの期間に勤めていた飲食店で、尋常じゃないほど定食を作っていた」ということを見落としていました。
商業施設に入っているお店で、週末はもちろん平日もとてつもない来客数です。多岐にわたるメニュー構成なので、覚えるのも捌くのもかなり大変だっただろうと思います。
智恵氏は、その期間の経験から「自分たちの店でもやれる」という見立てていたようでした。

そして、もう一つ僕が見落としていたのが「チエノワとしてやるべきこと」です。
「そもそもなぜ僕らは退職までしているのか」当初の根源的な想いや考えを思考の奥底に片付けてしまっていました。
目的と手段を違えてはいけませんね。僕らはカレー屋を開くことが目的ではなかったはずです。

「家庭」と「学校」の間に、「地域」の場がもっとあった方がいいんじゃないか。
「ちょっと一息つきたい」と気軽に立ち寄れる場所がもっとあった方がいいんじゃないか。
そう考えていたはずだったのに、僕は「どうすれば良いのか」という手段の方に囚われ過ぎていて、本来の目的を見失いかけていたように思います。
「スパイスカレー専門店」という業態は、僕らがやろうとしている場を作るにはあまりに狭い入り口になってしまうことに気づきました。
住宅街だからこそ、定食屋だからこそ、当初自分たちが思い描いていたやるべきことに近づけることができるかも知れないと考えると、むしろチエノワにとってはベストの選択肢なのかも知れませんでした。
予行練習にもなった「サウナサン間借り営業」
そうは言っても、オペレーション上の不安は拭えません。
実際にやってみないことには不安が拭えない性分なので、スパイスカレーと定食を提供するという機会をいただけたサウナサンでの間借り営業は、とても貴重でした。
サウナサンのこと
サウナサンとは、佐世保にある老舗の男性専用サウナ施設です。
40年を超える歴史があります。
「若くてオシャレなピチピチルーキー」というよりも、「結局はここに戻ってきてしまう燻銀な職人」というようなイメージです。愛好家にとっては唯一無二の落ち着きがあって、県内外からファンが訪れます。サウナ愛好家の著名人もお忍びで訪れる施設です。
退職前の佐世保在住の頃に通い始め、智恵氏も年に一度開催された「レディースデー」に参加するようになり、夫婦揃ってすっかり魅了されていました。

そんな素敵な施設のファンの方はもちろん素敵な方々で、チエノワとして活動が始まった頃から気にかけてくださったり、応援をしてくださったり、僕らはかなり支えられました。
初期の頃の間借り営業やイベント出店などでカレーを食べにきてくださったお客さんは、そうやってサウナを通じて知り合った方々がほとんどでした。
定食を出してみるという経験
2024年1月。
サウナサンに併設されているレストランで、間借り営業をさせていただくことになりました。

サウナサンや、長崎市でいうところの「ミナトサウナ」のようなサウナ専用施設は、レストランを併設しているところが多いです。
運動した後の食事やビールを想像してみてください。めっちゃ美味いですよね。
サウナ後もそんな感じです。サウナ後の食事やビールは、汗をかきまくった後なので、それは格別の美味しさになります。
各施設の併設レストランは、それぞれに名物メニューを持ちながら色々な定食メニューも豊富に揃っています。愛好家たちは、それをサウナ飯(通称:サ飯)と呼んで、その食事までをも嗜むのです。
サウナサンの併設レストランがストップする日の夜の時間に、チエノワが間借り営業をさせていただくというスタイルです。

お客さんは、
1日頑張ってやっとの思いでサウナサンに辿り着き、
サウナでじっくり蒸されて、
「あとは晩飯。サ飯で良いシメができれば、今日はいい1日だ。」と思いながら、
心落ち着く食事を求めてレストランに上がってくる中高年の男性
をイメージしてください。
いくら間借り営業だからとはいえ、そんな方々に「辛くないスパイスカレーだけ」というのはさすがに酷です。
「えっ。いつものあのカレーないの?」
「えっ。ご飯と味噌汁のついてる定食を食べたかったのに、ないの?」
せめてもの選択肢として、「カレー」と「定食」の二本立てて営業することにしました。

サウナサンver.

サウナサンver.

サウナサンver.
そしてこの機会が「定食を出してみる経験」となり、現在のLaboでの営業のベースとなりました。
「やれるかどうかわからない」という状態だったものを、この経験を通じて、「こうやればできる」とか「この部分は改善できる」とか見通しを持てる状態に進めることができました。
この「サウナサンの間借り営業」があったからこそ、今のLaboがあります。

育ててもらった2年間
第二回、前後編に分かれて長くなってしまいました。
チエノワが始まって現在のLabo営業に至るまでは、こんな感じです。
いかに多くの方々に育てていただいてきたか、お伝えできたのではないかと思います。

お客さんはもちろん、間借り営業やイベントなどの出店機会をくださった方々や、学びや気づきのきっかけをくださった方々もいます。
そして、そもそもこうして営業するにも必要な「仕込み場」でサポートしてくださった方もいらっしゃいます。
僕らの事情を知りながら働かせてくださった方々にも、本当にお世話になりました。
改めて振り返ってみて、今も昔も、ずっと支えられていることに気づかされます。
チエノワも支える側になれるように、しっかり地に足付けて頑張っていかないといけません。
- 01 「チエノワ」ができるまで
- 02 間借りとイベントの2年間(前編)
- 間借りとイベントの2年間(後編)── 今回
- 03 Laboへ動き出した日
- 04 “お店になった”日
- 05 オープンの日
次回からは、Laboの改装のことを書きます。
もうこんなに長くならないと思うので、気軽に読んでいただけると嬉しいです。



